<レポート>クリスタルピアノが再び音を取り戻すまで
クリスタルピアノが再び音を取り戻すまで
10年以上も前、新町川水際公園内の小屋にはクリスタルピアノがあり、自動演奏機能によって音楽を奏でていたことを記憶しています。ふと思い出したときには、その姿は外から見えなくなっており、新町川で音楽を奏でることはありませんでした。
2021年11月、知人とのやりとりの中で、そのクリスタルピアノの存在が再び浮上しました。新町川を守る会(以下、守る会とする)とアポをとり、小屋の中で眠っていたクリスタルピアノを確認。そのとき守る会より、クリスタルピアノを使えるようにしてもらえないかと依頼がありました。当社としては、経営理念に則った案件であること、楽器として生まれた存在が新町川で再び楽器として生きていける、協力しない理由はありませんでした。
眠っていたクリスタルピアノの状態は、幸いにも致命的なダメージはなく、かろうじて音も鳴っていました。しかし、鍵盤には剥がれがあり、内部には異物。まずは鍵盤部アクションを持ち帰り、動作がメインの修理を開始しました。
ひとつひとつ状態を確認し、均一に動作するよう整えていく。
また同時進行で、守る会によりクリスタルに重要なボディの磨きも行われました。
約425kgあるグランドピアノは、小屋から運び出し、ひょうたん島へ移動するのも大仕事。
現場で調律に取り掛かると、屋外ということもあり必要な精度での音を聴き取りにくく、こちらも普段とは違う難しさがありました。新町川は汽水(海水と淡水が混じった水)域で、弦は塩風によるサビが目立ち、切れてしまうリスクの高さも否めません。
修復したアクションの取付けの様子。
いよいよお披露目
やがてクリスタルピアノお披露目となるコンサートの日程が決まり、演奏家よりさらにご要望をいただきました。演奏してくださるのは、徳島市出身の『好きなことはフィルムカメラを片手に新町川沿いをゆったり散歩すること』という適役この上ない浅井久視子さんです。
奏者の描く音作りや弾き心地を実現するため、綿密な打ち合わせを行い、ピアノを仕上げていく。
ご要望に応えるべく、調律師を増員して更に調整を行いました。しばらく使われていなかったピアノは音が狂いやすいため、コンサートに向けて何度か調律を繰り返しました。
そしていよいよ2022年5月29日。浅井久視子さんの素晴らしい演奏により、再びクリスタルピアノが新町川で音楽を奏でたのです。これからは、水上という他に類を見ない場所でのストリートピアノとして存在していくことになります
NPO法人『新町川を守る会』理事長、中村英雄氏によるご挨拶。
デザイナーの板東美千代さんが手掛けた藍染のドレスに身を包み、美しい音色を奏でる浅井久視子さん。
クラシックの名曲を中心に披露され、新町川と行き交うボートを背景に優雅なひと時が流れた。
黒崎楽器より皆様へお願い
最後に。このクリスタルピアノが過ごす水上という環境は、楽器にとって非常に厳しいものです。しかし当社としては、先にも記したように「楽器として生まれた存在は、楽器として生きて欲しい」のです。これからは、このクリスタルピアノをみなさまにたくさん演奏していただき、みなさまと大切にしていけると大変嬉しいです。この先もずっと楽器として存在していけますように。
黒崎楽器 三木聖也・鎌田実徳